司馬炎の堕落~八王の乱【西晋】

ここまでの流れ

後漢の滅亡後、中国は魏・呉・蜀が争う三国時代を迎えました。国力で他の2国を圧倒していた魏は蜀を滅ぼし、魏の将軍である司馬炎が魏皇帝の座を譲り受け、西晋を建国しました。

司馬炎の燃え尽き症候群

地図

魏が蜀を滅ぼした後、魏を奪った司馬炎によって西晋が建国されました。そして西晋は三国の生き残りのも滅ぼし、中国を統一しました。
漢以来の中国統一ですね。

しかし西晋を建国した司馬炎は、中国統一を達成した途端に酒と女性に溺れてしまいました。
一国の王がなんてことを…

そんな堕落した政府、安定するわけがありませんよね。結局司馬炎の死後には皇族による主導権争いが始まります

八王の乱

3世紀末に司馬炎が亡くなると、皇族同士が帝位を争うようになりました。これを八王の乱と言います。
当然の流れですね。酒飲んでばっかりの王様にはついていけないですよ。

異民族の手助け

八王の乱では、皇族たちは争いに勝つために中国北方の異民族の力を借りました
内輪揉めの戦いに異民族を巻き込むのは、なんだかややこしくなりそう…

結局、311年に異民族の1つである匈奴に西晋は滅ぼされてしまいました。これを機に、華北(中国北部)は五胡(ごこ)と呼ばれる5つの異民族によって支配されました。五胡は次々と国を建て、五胡十六国時代(304~439年)が始まりました。
中国の南部はどうなったんですか?

滅亡した西晋一族の司馬睿(しばえい)が中国南部の建康(現在の南京)に逃げて、東晋(317~420年を建国しました。晋王朝の復活です。


確認テスト

答え.八王の乱
答え.五胡
答え.東晋
答え.建康