ヴァルダマーナをわかりやすく解説【古代インド】

ヴァルダマーナ
前6~5世紀に活動したジャイナ教の開祖。徹底した苦行と不殺生を説いた。

生い立ち

ヴァルダマーナは裕福な家庭で育った

十六大国時代マガダ国で、ヴァルダマーナはクシャトリヤ部族の子として生まれました。マガダ国は後にウマイヤ朝をおこす大国です。さらにクシャトリヤと言えば、ヴァルナ制において上から2番目の地位の高さです。
ヴァルダマーナは若くしてお嬢様と結婚もし、一人娘も生まれました。

ヴァルダマーナはかなり”育ちのいい”人間だったんですね。

妻子を捨て、いざ出家

そんなヴァルダマーナが30歳の頃、転機が訪れます。両親の死です。ヴァルダマーナは両親が残した遺産も相続せず、妻子も放り出して、出家しました。

MEMO
出家:これまでの生活を捨て、俗世間から離れて仏教の修行をすること。

当時のインドの宗教事情

トレンドは輪廻転生!その真逆をゆくバラモン教

後期ヴェーダ時代、形式主義に走るバラモン教への批判から、ウパニシャッド哲学が生まれました。ウパニシャッド哲学の思想で重要なのが「輪廻転生」です。「生き物は生死を繰り返し、生前の行為の良し悪しによって来世が決定される。」という考え方です。
一方バラモン教は自然を司る神々のために、動物を殺して生贄として捧げます。しかしインドの人々は「来世のために、現世で良い行いをしなければならない」という風潮です。命を軽んじるようなバラモン教は批判の的になりました

活性化する新しい思想

「バラモンの教えはもういらない。」人々の間に自由な発想を生む空気が流れ、多数の思想家がこの時代に生まれました。彼らは共通して従来のヴァルナ制を否定し、「人間の思想は自由でいい。ヴァルナのような枠に押し込まれなくていいんだ。」と活気づきました。
ヴァルダマーナはそんな多数いる思想家の一人でした。

ジャイナ教の始まり

12年の苦行の末に辿り着いた境地

30歳で出家したヴァルダマーナは、ニガンタ派という修行者のグループに入り、厳しい修行を積みました。余計なものはいらないと言い、服を全て脱ぎ捨て、裸一貫で12年間の修行に耐え抜きました。そして42歳になった頃、ヴァルダマーナは真理を悟って「全能の力」を獲得し、「ジナ」(勝利者)となりました。弟子たちからは「マハーヴィーラ(偉大な勇者)」と称されるようにました。

ジャイナ教は「ジナの教え」に由来します。

苦行の末に…

絶対に何も殺すな!

ヴァルダマーナ(マハーヴィーラ)が始めたジャイナ教は、信者にとにかく苦行を課します。苦行の中でも最も守らなければいけないのが、不殺生です。要は、「生き物を傷つけてはいけない」という教えです。

道を歩く虫一匹踏んではいけない。空中にも生き物はいるから、外出時は布を口に当てて…といった徹底ぶりです。

過酷すぎる断食

そうは言っても、人は生きていくうえで食べなければなりません。しかし米も肉も野菜も、命あるものです。それらを食べてしまっては不殺生の教えに背いてしまいます。つまり、究極的にジャイナ教を守るためには「断食」がベストであり、もっとも理想的な死は「断食の末に餓死すること」でした。
段階的な修行を終えたヴァルダマーナは、自らの最期にこの死に方を選び、72年の人生を終えるのでした。