中世ヨーロッパの封建社会をわかりやすく解説

中世西ヨーロッパで成立した、「封建社会」という社会の仕組みについて解説していきます。

ここまでの流れ

これまでゲルマン人やノルマン人の大移動の歴史を見てきました。これだけ民族が移動していると、西ヨーロッパは安定とは言えません。各国の国王や諸侯といった有力者たちは、他民族の侵入におびえる日々です。そんな混乱・恐怖から西ヨーロッパに「封建社会」が成立しました。

封建社会

そもそも、封建社会とは何でしょうか?
  • 封建社会とは土地を仲立ちとして結ばれた、君主と家臣の主従関係にもとづく社会のこと。
中世西ヨーロッパの封建社会は、「封建的主従関係」と「荘園」という2つの制度の上に成り立っていました。それぞれ詳しく見ていきましょう。

封建的主従関係

  • 封建的主従関係:「主君が家臣に領地を与える代わりに、家臣は主君に対して軍役の義務を負う。」という関係性のこと。
中世西ヨーロッパでは、国王を頂点に伯爵などの称号を持つ諸侯、さらにその下に騎士、という社会構造が出来上がっていました。国王や諸侯は騎士に対して、「俺たち土地たくさん持ってるから貸してあげる。好きに使っていいよ。その代わり、戦争のときは俺のこと守ってね。」という契約を結びました。これが封建的主従関係です。
封建的主従関係の図解

封建的主従関係のイメージ

主従関係≠上下関係

勘違いしてはいけないのが、「封建的主従関係」においては主君が絶対的に偉いわけではない、ということです。たとえ主君であっても、契約違反すれば家臣は服従を拒否することができました。

MEMO
こういった、双方に契約を守る義務があることを「双務的契約」といいます。
双務的契約のイメージ

双務的契約のイメージ

国王の権力は弱かった

諸侯の中には、たくさんの騎士を家臣として従える大諸侯もいました。彼らは国王並みの権力を持って自立したので、封建的主従関係においては、国王の権力はあまり強くありませんでした

荘園

封建的主従関係では、家臣は主君から土地を与えられましたよね。家臣がその土地をどうするのかというと、領主として経営するのです。この土地のことを荘園といいます。領主を社長とするなら、従業員としてこき使われたのが農奴と呼ばれる不自由身分です。農奴には厳しい義務や制限がありました。
農奴の義務・制限
  • 賦役(ふえき):領主が経営する土地で労働する義務
  • 貢納:生産物を治める義務
  • 結婚税
  • 死亡税
  • 十分の一税:教会に納める税
このように、農奴は領主(諸侯や騎士)から搾取される存在でした。

また領主も農奴も皆キリスト教徒ですから、各荘園には教会がありました。その教会を支えるのも、農奴が納める十分の一税でした。

不輸不入権

荘園の領主は不輸不入権(インムニテート)を持っていました。不輸不入権とは、国王の課税権や裁判権を拒否する権利です。

国王の権力が弱い時代ならではの権利ですね。

お金より小麦が大事

また、農奴は移動の自由も制限されていました。一つの荘園内で生まれ育ち、死んでいきます。このような閉鎖的な環境では物と物の取引は行われず、貨幣の価値が無くなっていきます。なので、中世西ヨーロッパ世界では自給自足の現物経済が主流でした。

POINT
荘園を基盤とする封建社会は10~11世紀に成立し、13世紀頃までに最盛期を迎えました。

封建社会 まとめ

まとめ
  • 10~11世紀に成立した封建社会は、中世西ヨーロッパ世界の基本的な骨組みとなった。
  • 国王・諸侯・騎士の間には封建的主従関係が結ばれた。主君は家臣に土地を貸し出す代わりに、家臣は軍役の義務を負った。
  • 土地を与えられた家臣は領主となり、土地(荘園)を経営した。荘園では農奴が不自由身分として働かされ、徴税も厳しかった。