ピョートル1世をわかりやすく解説

ざっくり要点
  • 17~18世紀のロシアの皇帝
  • ロシアをヨーロッパ風の国にしようとした

ピョートル1世とは?

ピョートル1世とは、ロシアのロマノフ朝の皇帝を務めた人物です(在位1682~1725年)。ロシアの近代化・大国化を進めました。

シベリア進出

ピョートル1世の時代、ロシアは東方のシベリアへと領土を拡大し、中国(当時は清王朝)にまで到達しました。
清からすれば、ロシアの進出はそこそこに抑えておきたいところです。そこで清の康熙帝はピョートル1世と会談してネルチンスク条約を結び、ロシアと清の国境線を定めました。

康熙帝

ピョートルさん、東方進出もそこまでだ。我々との国境を決めましょう。

西欧化政策

ピョートル1世はロシアを近代化させるために、ヨーロッパの先進国の軍事・科学技術をロシアに取り入れようとしました。
約250名から成る使節団をヨーロッパに派遣し、ピョートル1世自身もイギリスとオランダに滞在しました。帰国後は軍事・税制などで近代化改革を進めました。
MEMO
ピョートル1世は偽名を使ってオランダのアムステルダムの造船所に紛れ込み、船大工として働きました。

北方戦争

ロシアとスウェーデンが争った北方戦争について解説します。

戦争の背景

ヨーロッパ視察を終え帰国したピョートル1世は、バルト海の覇権争いに乗り出しました。視察したイギリスとオランダは共に海上貿易で繁栄した国であり、その影響を受けたのも要因です。

ピョートル1世

イギリスとオランダは海上貿易で繁栄していた。ロシアも海を押さえる必要があるな。

バルト帝国スウェーデン

17世紀後半のバルト海は、スウェーデンが制圧していました。スウェーデンはバルト海に接する陸地の2/3を領有しており、「バルト帝国」として君臨する強国だったのです。

ロシアの勝利

21年にも及んだ北方戦争は、ロシアの勝利に終わりました。
ロシアはバルト海側に領土を拡大し、バルト海の覇権をスウェーデンから奪い取りました。

POINT
北方戦争は、強国スウェーデンの没落と新興国ロシアの台頭を決定づけるヨーロッパの転換点となりました。

ペテルブルクの建設

獲得したバルト海沿岸には都市ペテルブルクを建設し、モスクワから首都を移転させました。

世界遺産
サンクトペテルブルク

サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群

西欧視察を終えたピョートル1世が、モスクワに代わる新都として建設した都市。ヨーロッパの先進諸国を模倣した計画都市であり、フランスやイタリアから建築士を招いて造れらた。

ピョートル1世 まとめ

まとめ
  • ピョートル1世は、17~18世紀のロシア皇帝である。
  • 西ヨーロッパの先進国にならい、ロシアの近代化・大国化に努めた。
  • シベリアへ領土を拡大し、清とネルチンスク条約を結んだ。
  • 北方戦争でスウェーデンに勝利し、バルト海の覇権を奪い取った。