二月革命(フランス)をわかりやすく解説

二月革命とは?

二月革命とは、1848年2月にフランスで起こった革命です。七月王政が倒され、第二共和政が成立しました。

二月革命の背景・理由

なぜ二月革命が起こったのかを解説していきます。
1830年の七月革命によりブルボン朝のシャルル10世は退位し、新たにオルレアン家のルイ=フィリップが国王に迎え入れられました。この新体制を七月王政といいます。

株屋の王ルイ=フィリップ

ルイ=フィリップは資産家を優遇する政治を行いました。例えば所得の低い労働者には選挙権が与えられないなど、いわゆる金持ち優遇政策です。このことからルイ=フィリップは「株屋の王」とも揶揄されました。

フランス産業革命

なぜルイ=フィリップはお金持ちを優遇したのかというと、フランスの経済成長のためです。その頃、イギリスではとっくに産業革命が始まっており、「世界の工場」と呼ばれるほどの発展を遂げていました。フランスとしては、ライバルのイギリスにこれ以上引き離されるわけにもいかないので、経済成長を優先した政策がとられました。そのために、ルイ=フィリップは銀行家や資本家を保護したのです。結果的に、七月王政の期間にフランスにも産業革命がもたらされました。

ルイ=フィリップ

貧乏な国民には我慢してもらう。経済のためにはやむを得ないのだ。

改革宴会

所得の低い労働者たちは「もっと平等な選挙をしてほしい!」と声をあげましたが、それも政府に抑えつけられました。当時の首相ギゾーは「選挙権が欲しければ金持ちになりなさい」とも発言しています。

今の時代なら大炎上間違いなしですね…

二月革命の経緯

きっかけは改革宴会

不平等な政府に不満をためる民衆は、改革宴会を頻繁に開催しました。改革宴会とは、選挙法改正などの政治改革を要求する集会のことです。そんな中、1848年2月22日開催予定の改革宴会が政府によって解散を命じられてしまいます。これに反発した民衆がついに蜂起し、二月革命が勃発しました。翌23日、ルイ=フィリップはギゾー首相を罷免して対処しましたが暴動は収まらず、24日に自らも国王の座を退位してイギリスに亡命しました。

第二共和政へ

国王がいなくなった後のフランスは、臨時政府によって共和政(王が存在しない政治体制のこと)に移行しました。この体制は、フランス革命期の第一共和政と区別して第二共和政と呼ばれます。

二月革命の流れ

二月革命 まとめ

まとめ
  • 七月王政では、資本家を保護・優遇する政策がとられた。
  • 小市民や労働者は改革宴会を開き、選挙法改正を求めた。
  • 政府が改革宴会を禁止したことで労働者が蜂起し、二月革命が勃発した。
  • 革命の結果ルイ=フィリップは亡命し、臨時政府による第二共和政がフランスに成立した。