五代十国時代をわかりやすく解説

唐の滅亡後、中国は「五代十国時代」という戦乱の時代に突入しました。

五代十国時代

唐の滅亡から北宋の成立までの間、5つの王朝と10の地方政権が興亡し、互いに争った時代。

ここまでの流れ

9世紀末の黄巣の乱によって唐は衰退し、節度使(地方の防衛を任されていた役職)の朱全忠に滅ぼされました。

5王朝による戦乱時代

唐を滅ぼした朱全忠は、後梁(こうりょう)を建国しました。都は開封です。
これ以降、中国北部で短命な5王朝が誕生しては滅亡して、南部では10の地方政権が生まれました。
5つの王朝
  1. 後梁(907年-923年)
  2. 後唐(923年-936年)
  3. 後晋(936年-946年)
  4. 後漢(947年-950年)
  5. 後周(951年-960年)

10の地方政権については、覚えなくて大丈夫です。

社会構造の変化

五代十国時代におこった、社会構造の変化について見ていきましょう。

貴族が没落

唐の時代の後半から、すでに貴族は衰退していました。唐時代の女帝、則天武后が官僚の採用に科挙(実力テストのようなもの)を重視したからです。そして五代十国時代の戦乱期の中、貴族階級の人々はさらに没落していきました。

農民も没落

五代十国の混乱の中で、多くの農民も没落しました。彼らは 佃戸(でんこ)と呼ばれる小作人となったのです。
小作人とは、地主から土地を借りて、小作料(収穫物の半分)を払って農業をする人のことです。

五代十国時代 まとめ

まとめ
  • 朱全忠が唐を滅ぼした後、中国は五代十国時代という戦乱期に入った。
  • 五代十国時代には貴族や農民が没落するなど、社会構造に変化があった。