デロス同盟とは?わかりやすく解説【古代ギリシア】

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デロス同盟
前478年、エーゲ海周辺のポリスが、ペルシア軍の来襲に備えてアテネを盟主として組んだ軍事同盟。スパルタを盟主とするペロポネソス同盟と対立を深め、前431年にペロポネソス戦争を行った。

ここまでの流れ

ペルシア戦争のプラタイアの戦いでアテネ・スパルタ連合軍が圧勝し、ペルシアはギリシア世界から身を引きました。しかし、いつまた襲ってくるか分からないペルシアに備えて、ギリシアのポリスが団結する動きを見せます。

同盟結成の理由

 プラタイアの戦いでギリシア軍はペルシア軍に大勝利を収めました。しかしペルシアは大国です。ペルシアがまたギリシアに襲ってきた時のために、エーゲ海域のギリシアのポリスたちは軍事同盟を組むことにしました。同盟の盟主、つまり同盟のリーダーはアテネが務めました。

豚さん

アテネはペルシア戦争で大活躍したので、他のポリスからの評価も高かったんです。

スパルタは不参加

 小さいポリスも合わせれば300以上が参加したというデロス同盟ですが、そこにスパルタは参加していませんでした。
スパルタ不参加の理由
  • スパルタはペロポネソス同盟の盟主であり、エーゲ海域の防衛を目的とするデロス同盟と利害が一致しなかった。
  • 国内に置いてきているヘイロータイ(奴隷)の反乱が気がかりで、プラタイアの戦いが終わるとスパルタは帰国した。

同盟のアテネ帝国化

 同盟に所属したポリスは、拠出金、艦船、兵員を同盟のために提供することが義務付けられました。しかしペルシアの脅威も弱まってきたころ、同盟から離脱しようとするポリスが出てきます。
もともとペルシアから守るために結成した同盟なので、当然の動きですよね。

しかしアテネはそれを許さず、武力行使によって同盟に引き戻しました。
こうして、アテネが同盟を私物化し始めます。ペルシア戦争が終結してもアテネは無理やりデロス同盟を継続させ、デロス同盟は「アテネ帝国」と呼ばれるような性格を持ち始めました

MEMO
アテネが保有する艦船だけで、アテネ以外のデロス同盟すべてのポリスが保有する艦船の数を上回っていました。それほどアテネは強大なポリスでした。

ペロポネソス同盟との対立

 デロス同盟はもともとエーゲ海域防衛のために結成した同盟でした。しかし盟主アテネのもとに勢力を拡大していき、ついにはペロポネソス同盟が治める範囲まで進出してしまいました。これによってデロス同盟とペロポネソス同盟の対立は深まっていき、前431年にペロポネソス戦争が勃発しました。

ペロポネソス同盟はスパルタが盟主を務める同盟です。