アショーカ王をわかりやすく解説

アショーカ王とは?

アショーカ王とは、古代インドの王朝であるマウリヤ朝(前322年頃~前185年頃)の最盛期を実現した王です。仏教にもとづいた政治を行いました。

仏教の政治

アショーカ王は、仏教にもとづく非暴力的な政治を目指したことで有名です。しかし初期のアショーカ王はそこまで熱心な仏教徒ではなく、むしろ暴虐な政治を行いインドの人々から恐れられていたといいます。

カリンガ戦争

アショーカ王が仏教を深く信仰するようになったきっかけが、カリンガ戦争です。インドのデカン高原にあるカリンガという国を征服したとき、民間人を含む数十万人の死者を出してしまいました。そのあまりの悲惨さにアショーカ王はカリンガ戦争を後悔し、仏教にのめり込むようになりました。

アショーカ王

戦争とはなんて悲惨なのだろう。今更後悔している…

ダルマの政治

アショーカ王は「ダルマ」による政治を行いました。ダルマとは、仏教における倫理観のようなものです。法律や、道徳なども含まれます。そのダルマの内容で特にアショーカ王が大事にし、率先して実践したのがこの2点です。

  • 不殺生:人間だけでなく、全ての生き物を殺さない。
  • 正しい人間関係:「父母に従順であること」、「年上を敬うこと」、「他人を尊重すること」など

人が変わったように優しくなってますね

磨崖碑と石柱

アショーカ王

ダルマは素晴らしい。もっともっとみんなに知ってほしい。
アショーカ王はすっかりダルマに心酔しきっています。しかし、ダルマの教えを国民に広めてこそ一国の王というものです。そこでアショーカ王は全国各地に転がっている磨崖(大きな岩石のようなもの)にダルマの教えを刻みました。
磨崖碑だけではありません。アショーカ王はガンジス川流域に約30本の石柱を建て、そこにダルマを刻みました。石柱の高さは12~15メートル、重さは約30トンです。
柱

石柱

仏典結集

アショーカ王が熱心に仏教を保護するものですから、やがて異教徒や不純な動機を持った人間が教団に入ってくるようになりました。そうなると正しい修行ができなくなってしまいます。そこでアショーカ王は全国各地に散らばっている仏教に関する書物を集め、改めて仏典(仏教の聖書)を作り直しました。これを仏典結集といいます。

アショーカ王

今一度、仏教の正しい教えを理解しなければならない。

国外にも布教

アショーカ王は国内のみの布教に飽き足らず、ダルマの宣伝のみを目的とした役職をつくって、スリランカなどに派遣しました。