アーリヤ人による時代【古代インド】

古代インドの年表
前2600~前1800年頃
ドラヴィダ人によるインド最古の文明。「四大文明」の1つ。
前1500~前500年頃
ヴェーダ時代 今ココ
アジアから侵入したアーリヤ人による時代。前期ヴェーダ時代と後期ヴェーダ時代に分かれる。
前6~前5世紀
小国が分立した時代の2大強国。
前317~前180年頃
インド初の統一王朝。アショーカ王のとき全盛期。
1~3世紀
  • クシャーナ朝:インドの北で、交易によって栄えた王朝。カニシカ王のとき全盛期。
  • サータヴァーハナ朝:インド南部の王朝。クシャーナ朝と同じく交易で栄える。
320~550年頃
インドの古典文化が開花した時代。ヒンドゥー教が定着。
606~647年
ハルシャ王による一代限りの王朝。

ここまでの流れ

インド最古の文明、インダス文明は前1800年頃から衰退しはじめました。そして前1500年頃、中央アジアにいたアーリヤ人という民族がインド半島へ移動を開始しました。

パンジャーブ地方へ進入

前1500年頃、アーリヤ人の一部がカイバル峠を越えてインド北西部のパンジャーブ地方へ進入しました。アーリヤ人はもともと中央アジアで牧畜生活を営んでた民族です。カイバル峠とは現在のアフガニスタンとパキスタンの境にある峠です。
なんでアーリヤ人は移動したんですか?

人口が増えすぎたことと、気候が乾燥化したことによる牧草地不足が原因だと考えられています。

牧畜から農耕社会へと移行

アーリヤ人の進入以前に、パンジャーブ地方に住んでいた先住民の存在を忘れてはいけません。アーリヤ人は先住民を武力で征服しつつも、先住民が持つ農耕文化も同時に学んでいきました。そして、アーリヤ人の生活基盤は牧畜から農耕へと移行していきました
図

ヴェーダ

アーリヤ人がインドに暮らし始めてからの前1500~前500年をヴェーダ時代といいます。ヴェーダは、アーリヤ人の自然神崇拝に関する知識をまとめた聖典のことです。

リグ・ヴェーダ

ヴェーダの中でも、神々への賛歌を集めたものを「リグ=ヴェーダ」といいます。
そして「リグ=ヴェーダ」によって伝えられる前1500~前1000年頃の時代を「前期ヴェーダ時代」といいます。ちょうどアーリヤ人がパンジャーブ地方に住み着いていた時期と同じです。
前期ヴェーダ時代のアーリヤ人の歴史は、「リグ=ヴェーダ」を読めば知ることができるということですね。

文

ガンジス川流域へ進入

前1000年頃になると、パンジャーブ地方にいたアーリヤ人は再び移動を開始します。彼らはガンジス川を目指しました。アーリヤ人がガンジス川流域に移動した前1000年頃を境に、インドは「後期ヴェーダ時代」に入ります。
どうしてガンジス川まで移動したんですか?

パンジャーブ地方に進入した後、アーリヤ人は農耕民族へと移行しましたよね。ガンジス川流域の方が、パンジャーブよりも農業に適した土地だったからです。

ヴァルナ制の成立

後期ヴェーダ時代、アーリヤ人と先住民が交わる過程で、ヴァルナ制という身分制度がアーリヤ人社会に形成されていきました。

十六大国時代へ

ガンジス川流域に定着したアーリヤ人は、各部族ごとに小規模な都市国家を形成していきました。その中でも有力な16の国を総称して「十六大国」と呼びます。そして「十六大国」の中からマガダ国コーサラ国が頭角を現します。

確認テスト

答え.ヴェーダ
答え.ガンジス川
答え.ヴァルナ制


古代インド