アメリカ合衆国成立の歴史をわかりやすく解説

アメリカ合衆国、通称アメリカ。21世紀を生きる私たちにとって、言うまでもない超大国です。そんなアメリカ合衆国(以下アメリカ)が成立したのは、1776年のことです。同じ頃、日本は江戸時代の後期を迎えていましたが、そう聞くとつい最近のようにも思えますね。
今回は、なぜ・どのようにしてアメリカが生まれたのかを解説していきます。

アメリカのルーツはイギリス

2021年現在、アメリカで最も話されている言語は何でしょうか?そう、正解はもちろん英語です。ところで、なぜ「アメリカ語」とは言わないんでしょう?
日本で話されている言語は日本語、フランスで話されている言語は「フランス語」です。その理屈で行くと「アメリカ語」で良さそうな気もしますが、そうはいきません。
では英語の「英」の字は何を意味するか、イギリスです。イギリスを漢字で書くと「英国」、つまり現在アメリカで話されている英語も、そのルーツはイギリスなのです。
ここから飛躍して言ってしまうと、アメリカ合衆国のルーツはイギリスなのです。アメリカ成立の歴史を追う上で、この点を頭に入れておいてください。

元々はイギリスの植民地

それではアメリカ成立までの流れを見ていきましょう。

ヨーロッパ人の襲来

アメリカのルーツはイギリスであると述べましたが、もちろんアメリカに最初からイギリス人が住み着いていたわけではありません。元々は「インディアン」と呼ばれる先住民が北米大陸に住んでいました。

MEMO
アメリカ大陸を発見した探検家コロンブスは、この地をインドの一部だと思い込んでいたので、先住民を「インディアン」と呼びました。
視点を16世紀のヨーロッパに移します。当時のヨーロッパは大航海時代を迎えており、それまで未開の地であったアメリカ大陸への航路も発掘されました。ヨーロッパの各国はこの新大陸アメリカを自分たちの植民地にして、海上貿易で儲けてやろうと躍起になり、アメリカ大陸への移住が進みました。

13植民地の形成

17世紀に入ると、イギリスによる北アメリカ入植が進みます。当時のイギリスでは、国王ジェームズ1世がピューリタン(イギリスにおけるキリスト教カルヴァン派の呼び名)を迫害していました。イギリス本国で居場所を失ったピューリタンは、船に乗って北アメリカ大陸へと逃げ込み、植民地を形成していきました。こうして17~18世紀にかけて、イギリスは北アメリカ大陸の東岸に13の植民地を形成しました。

イギリスの13植民地(一部を抜粋)
植民地 概要
ヴァージニア イギリスが建設した最初の植民地
ニューヨーク オランダから奪った植民地
ジョージア 13のうち最後の植民地

フランスと激突

北アメリカ大陸に乗り込んだのはイギリスだけではありません。同時期にフランスも、カナダを中心に植民地を形成していました。
イギリスとフランスは長年に渡るライバル関係です。18世紀には、両国がアメリカを舞台に激突し(フレンチ=インディアン戦争)、イギリスが勝利しました。戦争の結果パリ条約が締結され、イギリスはフランスがもつ広大な植民地を奪いました。もしフランスが勝っていたら、今ごろアメリカの公用語はフランス語になっていたかも知れませんね。

アメリカ独立戦争の勃発

度重なる戦争で財政赤字に陥ったイギリス本国は、13植民地への課税を強化しました。「フランスからアメリカの土地を奪えたのは、俺たちイギリス本国のおかげだろ?」という言い分です。
本国からの勝手な課税に反発した13植民地は、「もういっそ、俺たちだけで独立しちゃおうぜ?」と団結し、イギリス本国と戦うことを決意します。
こうして1775年のレキシントンと戦いを皮切りに、アメリカ独立戦争が勃発しました。
開戦から1年後の1776年には、13植民地がアメリカ独立宣言を発表しました。アメリカ合衆国誕生の瞬間です。
独立戦争の当初はイギリス軍が優勢でしたが、イギリスを敵対視しているフランスやスペインの手助けもあり、見事に植民地軍はイギリス軍に勝利しました。終戦後の1783年にはパリ条約が締結され、イギリスはアメリカ合衆国の独立を承認しました。

アメリカ独立 まとめ

まとめ
  • 大航海時代、元々インディアンが住んでいたアメリカ大陸にヨーロッパ人が進出した。
  • 17~18世紀にかけて、イギリスを追われたピューリタンが中心となって、北アメリカ東岸に13植民地が形成された。
  • 13植民地はフランス植民地に勝利して領土を広げたが、赤字財政に苦しむイギリス本国から重税の対象にされた。
  • 植民地軍はイギリス本国との独立戦争に勝利し、アメリカ合衆国として独立を果たした。